三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎。九十九商会(現日本郵船)を起こし、
西南戦争で兵士と兵器の輸送を任され、大儲けをし、財閥の基礎を固めた。
そんな彼についてとあるエピソードが伝えられています。
岩崎弥太郎は常日頃、扇子を持っていた。といっても普通の扇子ではなく、扇子の裏に小判を張ったもの。その意味は「お金に頭を下げると思えば腹も立たない」というものだったという。つまり、お客に頭を下げるとき扇子をかざし、頭と一緒に扇子を下げていたのだ。
明治時代は官尊民卑。当時売り出し中の弥太郎には、腹に据えかねないことも多かったかと思われ。それを小判に託し、じっと我慢していたのかもしれない。
その我慢が講じてか胃がんになり、50代の若さで亡くなりました。
そういえば太閤秀吉も金の軍配や扇子を持っており、
今太閤といわれた田中角栄元首相も暑がりで扇子を離したことがないといわれている。
えらくなるとみな扇子を持ちたがるのだろうか。もちろん、扇子を持っているからといって、えらくなるわけでも金が貯まるわけでもない。
しかし、弥太郎の心根には学ぶべきことも多い。
もっとも、岩崎弥太郎の扇子は金製ではなかったのですが。