経済学では「近世のヨーロッパ列強は重商主義政策をとっていた」とされている。だが、初期の段階では「重金主義」なる言葉がはやった。重金主義とは「富とは金銀であり、それを蓄積することが、国を豊かにし、国の力を強める」という主義。16世紀から18世紀にかけて広く流布した。
当時、どの国も輸出を増やし、国外から金銀を集めることに力を注いだ。金銀の国外への流出を抑制したり、禁止したりする動きをする国も現れた。このような行為はそれ以前から世界中で行われていたが、「主義」とか「学説」として確立した者ではなかった。
当時、紙幣は信用されず、「ドル」のような国際的な通貨もなく、交易には金銀が使われていた。金銀を持っていれば世界中どこからでも、どのような物産でも手に入れることができた。その意味では重金主義という言葉は極めて妥当性があった。
しかし、いくら金銀を持っていても国内で産業が振興しなければ、いずれ、輸入超過で金銀は流出、国力は疲弊してしまう。そこで、「国内産業を保護して国力を高めよう」という政策、つまり、産業、交易を振興する政策が中心になっていく。これが、後に「重商主義」といわれた政策である。
この政策でヨーロッパ各国は産業力が飛躍的に増大した。もっとも、「金銀を多く持つことが国力の証し」との考えは、今も世界で広く行われている。