ソ連の中で最大の面積を占めていたシベリア。「これを開発するにはどうしたらよいか」悩んでいたスターリンに突如、こんな考えがひらめいた。「金が出ればソ連中から人が集まる」。そこで、こんな布告を出した。「新しい産金地帯の発見者には3万ルーブルまで賞金をだす」。当時、ロシア革命後、社会は混乱し、ロシアの金の産出量は急減していた。もちろん、シベリアの開発までには手が回らなかった。
効果はてき面。シベリアには各地から人が集まり、新しい金の産出地が見つかった。極寒の地の金採掘は血と汗の産物だったが、シベリアの開発には大きく貢献した。だが、どん欲なスターリンはそれでは満足しなかった。
そこで、強制収容所に収容した政治犯を働かせて、金を採掘させることにした。この結果、金の生産は1930年代に入って急増、これを使って機械類などを外国から購入、重工業を起こし、ソ連の経済力は大きく高まり、ドイツとの戦争時に対抗力になった。
金の生産は戦後も続き、「金を売って穀物を買う」ことによって、多くの人々を飢餓から救った。「共産主義になったら金は便所の壁に使うくらい」と言ったのはロシア革命の父、レーニンだが、金は再三再四、ソ連とそれに続いたロシアを救った。いまも、ソ連は金の大産出国であり、ロシア経済には大きく貢献している